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No One Like You - interview05 中島 健郎 | ホグロフス | Haglöfs

INTERVIEW No.05

中島 健郎Kenro Nakajima

登山家・山岳カメラマン

2017年、2人の日本人が世界初を成し遂げた。パキスタンのカラコルム山脈にあるシスパーレを北東壁から登頂し、これによって世界中に認められた中島健郎さん。彼の登山への向き合い方と「生きる」ということ。

大切にしている言葉

登山家という意識はない
職業として、また個人にとっての山

── 中島さんは登山家と山岳カメラマンという2つの顔があると思いますが、軸足はどっちなんでしょう?

登山家っていう意識はないんですよ。

── ピオレドール賞(優秀な登山家に贈られる国際的な賞)をとっているのにですか?

職業を聞かれても登山家とは言わないですね。登山家って紹介されたりするんですけど、それで食べていけてるわけじゃないですから。ナントカ家っていうのはそれで生計を立てられてる人なのかなって。僕の場合は、山に登っただけでは誰もお金はくれないですからね(笑)

── でも、中島さんの場合は、登れないと撮れない。そう考えると登るということで生計を立てているとも言えますよね。

たしかに今の仕事にも満足しています。山と関わる仕事ができて、撮影でいろんな山にも行けて、さらに自分の遠征のための時間も取れますから。

── 撮影する時にはどんなことを意識しているんですか?

現場の臨場感ですね。一応、誰でも行けるわけではない場所に登っているので、そこの空気感だったり、見える景色だったり、匂いとかまで分かると良いんですけど。そういうのを伝えたいから撮っているというところがあります。自己満足だけじゃなくて、高所登山の世界をいろんな人に知ってもらいたいなという気持ちはありますね。

登攀前の予定ルート。当日はキャンプ適正地が見つからず迂回するなど、変更を余儀なくされた。

世界中が絶賛した
シスパーレへの挑戦

── 転機となった登山は、やはりピオレドール賞を獲った、パキスタンのカラコルム山脈にあるシスパーレですか? パートナーの平出和也さんと一緒に未踏ルートを世界で初めて登攀しています。

うーん。転機なんてないですけどね。ただ登り続けているだけで。実はプライベートで行った高所登山って数えるほどしかないんですよ。敗退も結構多いですし。記録に残るような登山はほとんど出来ていませんでした。そういう意味であのシスパーレは、転機というか、特別なものではありますね。

── 過去のプライベートな高所登山はどこへ?

マナスルとアピ(ともにヒマラヤ)、K6(カラコルム)、ルンポカンリ(チベット)ですね。その中でもK6は未踏のルートで、結構良いところまで行ったんですが、天気が悪くて敗退。天気って言い訳にしちゃダメなんですけどね。

── ダメなんですか? 敗退の理由としては正しいように思いますが。

天気が悪くても登れる時は登れますからね。やっぱりその時はチームの力が足りなかったんです。けどその一週間後にベースキャンプで隣にいたカナダチームがそのルートを登っちゃって。しかもカナダチームの時はとても晴れてて、悔しい思いをしました(笑)。で、次のアピという山あたりから平出さんと一緒に登るようになったんです。

── シスパーレは、平出さんがずっと挑戦していた山です。そこに中島さんが加わったという感じでしょうか。

そうですね。その時は、よく声掛けてくれたなあという印象です。

── NHKで放映されたシスパーレのドキュメンタリーを拝見しましたが、あの時はウェアラブルカメラで撮影してますね。登攀シーンが息の詰まる臨場感でした。

そうでしたね。両手がアイスアックスでふさがってしまうからこその撮り方だったのですが、雪崩や滑落のシーンまで、リアルに登っている私たち目線ですもんね。

── そのシスパーレのドキュメンタリーを観て思ったのが、中島さんがいつでも平常心というか超フラットだということです。雪崩の後とか、滑落直後の「セーフ」って一言とか。セーフじゃないでしょと正直思いましたが……。

ああいう滑落なんてものも、起こりうる可能性があることが起こったというだけの話なんです。別に極度に心配するようなことではないです。そういう危険性をあらかじめ認識しているので、ロープで確保しながら登るし、落ちてもあそこで止まるなとか、そういうことを考えながらやっています。シスパーレの場合は、落ちたときも、ぶつかるような岩もなかったんで、ひゅーんと落ちるだけですよ。確保点で止まりますからね。

── 滑落した直後に足がすくむとか、「また落ちるかも」というようなネガティブな感情に囚われるとか、そういうことは?

ないですね。もしかしたら、自分が想定していた以上のことが起こったらそうなるかもしれませんが、いまのところ、そういう事態に直面したことはないです。もし予想以上の事態が起こってしまったら、それは僕が死ぬ時だと思います。

標高7000m、腰まで埋まるラッセル。頂上直下では強風も吹き荒れた。

生きて帰るため
常に考えている撤退方法

── 怖いことってあるんですか?

雪崩とか、ああいう巨大な力。シスパーレの時に落ちてきたのはセラック(雪と氷の塊)なので、巨大雪崩みたいにはならないと分かっていたから突っ込めたんですが、いわゆる斜面全体の雪崩とか、そういうのに巻き込まれたらどうしようもない。でも怖いというのとはちょっと違うかもしれません。

── 厳しい状況で、まだ先に進むのか、それとも撤退か。そういう判断はどうやってするんですか?

実は常に、登りながらも撤退できるポイントを探ってるという感じです。ここまでならまだ帰れるな、とか、ここを越えちゃうと向こう側から回り込まないと戻れないなとか。常に登りながら引き返す方法を考えておかないと、無謀な登山になってしまいます。ルートを選ぶ時点でも、必ず戻れる所しか選ばないですからね。撤退はもしかしたら登頂よりも先にあるものかもしれません。イチかバチかで登山はできないですね。

── 死にたくない?

そりゃそうですよ。家族の存在も大きいですね。撤退理由として、天気とかよりも断然、説得力がありますよね(笑)

── 標高7000mでラッセルしていました。そういうキツイ状況の中でも悪態をつくわけでもなく、淡々と登るものなんですね。

登らないと着かないですからね。楽したいなら、そもそも登らなきゃ良いです。ちょっとでも早く登りたいから、ある意味、無私の精神は生まれます。パートナーと2人で登っているので、その2人の力をどう合わせるかが大事なんです。どっちか片方だけがキツイ役割をしていたりすると、それは配分が間違っているし、効率も良くないということ。だからそれぞれの得意分野を持ち寄って、それをうまくミックスさせる。そうじゃないと登れないです。

── 登頂した時ってどんなことを考えるんですか?

登頂って、まだ全然終わりじゃないんですよ。シスパーレの時は特にそうでした。天気も悪くて視界がぜんぜん効かなかった。だから「ここからか」という気持ちですね。登頂の感動とかは全然ありませんでした。「よし、さっさと下ろう」という感じです。

── あれは下りるのに2日かかってるんですか?

そうですね。登頂した日に、肩(頂上より少し下がった平らな部分)で泊まって、途中でもう1泊して。尾根を回って下りていくんですけど、途中に6000m級のピークが2つあったりするんですよ。なんでまた登りかえすんだよ……って(笑)。

左に見えるのが苦戦したスラブ(一枚岩)。中島さんがトップで登り攻略。

登頂時の2人。左がシスパーレ4度目の挑戦となった平出和也さん。右が中島さん。

なぜ山に登るかはわからない
ただ「生」は強く感じられる

── すごくベタな質問ですが、なんで山に登るんですか?

なんででしょうね。あんまりそういうことは考えないですけど、簡単に言ってしまえば達成感だと思います。辛いからこその達成感ってあるじゃないですか。小さな壁を越えるよりも、大きな壁を越えたほうが達成感は大きいですし、より困難な壁を登ったほうが、返ってくるものは強烈です。例えばその時に見た景色とかは、困難を乗り越えたからこそ、より輝くと思うんですよ。ただ写真を見ただけではそれは得られない。そういうものはなにものにも代えがたいですね。

── それだけ強烈だと達成中毒になったりしません?

いや、もうなってるんじゃないですかね(笑)

── そうなると、狙う山はどんどん難しく?

そんなことはないです。自分にとって魅力的な山か、という価値基準ですね。結局、好きで登っているだけなので、自分がどう納得できるかが大切です。別に周りの評価を気にして登っているわけではないので、ピオレドール賞をもらった時も「やった!」というよりは「自分が勝手にやっただけなのに、恐縮です」という感じのほうが強かった。でもピオレドールがきっかけで、自分たちの登山を世界中の人に知ってもらえたというのは嬉しいですね。

── 今後登ってみたい山は?

学生の頃に登ったヒマラヤの未踏峰周辺に、デカくて格好いい山がいろいろとあったんですよ。当時の実力では登れなかったですけど、今だったら行けるんじゃないかなという気持ちもあって、その辺りの未踏のルートには挑戦してみたいですね。

── 好きな言葉に「生きる」を選んでいます。

登山やってて死んだら駄目なんですよ。僕は「生」を感じるために登ってるところもあるんです。厳しい登山なんかだと、当然「死」が身近にある。「死」を意識する。そういう状況の中で、自分でいろいろと考え、行動してリスクを回避していくと「ああ、俺はいま、生きているな」ということを強く感じるんです。自ら「死」を意識するところに身を置いて、それによって「生」を実感する。これは街中では決して味わえない特別な感覚だなと思いますね。

オフの顔。のんびりとした口調で話す好青年という印象

文:櫻井卓
写真:中島健郎(シスパーレ)、根本絵梨子(ポートレート)

プロフィール

中島健郎

登山家・山岳ガイド

1984年、奈良県出身。幼少の頃から自然に親しみ、それが高じて関西学院大学山岳部へ。学生時代に2つの未踏峰に登頂。大学卒業後に就職したツアー会社時代に、14サミッターの竹内洋岳氏の記録映像を担当したことから本格的に山の撮影をはじめ、現在では様々なTV番組などの撮影を担当。2017年に平出和也氏と共に、パキスタンのカラコルム山脈にあるシスパーレを未踏のルートから登頂。それが世に認められ、ピオレドール賞を受賞する。当インタビューでも頻出するシスパーレ登山の様子は『銀嶺の空白地帯に挑む〜カラコルム・シスパーレ〜』というタイトルでNHKオンデマンドで視聴できる他、下山時の様子も収録された完全版のBlu-rayも販売中。

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