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INTERVIEW No.03

加治枝里子ERIKO KAJI

写真家

行ったことのない場所、見たことのない風景を求め、地球上の美しいものを撮り続けている写真家、加治枝里子さん。スウェーデンで暮らしたこともある彼女が滞在で感じた日本との違いや、写真家になるまでの道のり、理想とする写真について聞いた。

大切にしている言葉

ストックホルムから3時間ほどの小さな島、Möjaの船着場にて

海と湖、FIKAの時間
スウェーデンの豊かな暮らし

── スウェーデンで暮らしていたことがあるそうですね。

2011年3月から3ヵ月、知人がスウェーデンのデザイン会社にインターンに行くことが決まって、私もフリーランスだったのでついて行ったんです。それまでスウェーデンって、どこか美しすぎるイメージでしたけど、北欧デザインは格好いいし、ライフスタイルも全然違うから面白そうと思って。

── 実際に暮らしてみていかがでしたか?

その前まで3年ほどパリで暮らしていたのですが、一筋縄ではいかないことが多すぎて(笑)。なかなか安心できないというか、人に対してどこか緊張感がありました。でも、スウェーデンの人たちはそれを払拭してくれるほど優しかったです。スーパーで買い物をしていたら、通りすがりのお客さんが私の買い物カゴを指さして、「そのチキン、こっちの方が安いよ」てわざわざ追いかけて教えてくれたり。そんなことがしょっちゅうありました。アジア人への差別も、男女の差もない。教育がしっかりしているんでしょうね。

── 加治さんはスウェーデンでどう過ごしていたんですか?

せっかくスウェーデンに滞在するのだから、スウェーデンの人たちのライフスタイル本を作りましょうと日本の出版社に持ちかけて、取材することになりました。近所の陶芸家の方とか、よく行く雑貨屋のオーナーさんとかに協力してもらって。彼らのほとんどが夏休みにはサマーハウスに行って湖で遊び、家も自分たちで作る。FIKA(スウェーデン語でコーヒーブレイクの意味)の時のシナモンロールも手作りだし、男子でも普通に編み物したりしていましたよ。自分で作れるものは作るという精神が良いなあと思いました。

── ゆとりと豊かさを感じます。環境がそうさせるんでしょうか。

そうですね。首都ストックホルムから車で少し走れば森ですし。私はセーデルマルム島という、ストックホルムの中でもオシャレなエリアにいたんですが、ストックホルムは島々の集合体だから海がすぐ近くにあって、日常的によく船で移動していました。都会なのに空が広くて、気持ちよかったですね。

── 仕事観の違いは感じましたか?

彼らの人生の優先順位は家族やプライベートが一番で、仕事のためにそれを犠牲にすることはないんです。取材で訪れた会社の朝は早くて、出社したら朝食とコーヒーが用意されていました。集中して仕事して、休憩になったらみんなで外へ出て、ひなたぼっこしながらFIKA。夕方には退社して、家で晩御飯。遊ぶときはしっかり遊ぶし、メリハリがはっきりしていて効率的な働き方でした。仕事が終わったあとに飲みに行くんじゃなく、FIKAの時にコミュニケーションをしっかりとる。特別なことじゃないはずなのに、なんで日本ではできないのかなってカルチャーショックを受けました。

©ERIKO KAJI

愛機のローライと、ストックホルム滞在時に取材・撮影した『シンプルを楽しむ 北欧の幸せのつくり方—スウェーデンで見つけた心地よい暮らしのレシピ』

映画と写真にハマり
学業も就職も両輪で

── 加治さんはいつ頃から写真を始めたのですか。

高校生の頃です。単館系の実験映画やフランス映画にハマったのと同じタイミングで、写真を撮ることにも目覚めました。使い捨てカメラで身の回りのものを撮って、自分で写真集みたいなものを作ったり。でも、映画の表現が好きだったので大学は映像学科を選びました。写真は一人で撮り続けられるけど、映画は作れないなと思って。写真にのめり込んだのは大学3年生の時です。アメリカに交換留学生として行った先が写真学科の映像コースで、そこで初めて暗室作業を習い一気に写真にハマりました。暗闇の中、真っ白な紙に絵がふわっと浮かび上がるのが魔法みたいで。

── そこからは写真一筋だったんですか?

いえ、迷いながらもCMの制作会社に入りました。同時にずっと写真も撮り続けていて、それを会社の人にも言っていたので、ロケハン写真を撮って来てとか、CMの撮影現場でスチールを任されたりすることもあったんですが。CMの絵コンテを描いても、全然採用されなかったんですよ。シュールすぎるとか言われて。

── 元々は実験映画好きの志向性がありますものね。

大企業のCMを作ることが多い会社だったので、仕事の規模も大きくて、スタッフも100人くらいいるような現場もありました。それでだんだん、他人の作品を一生懸命手伝っている感じになってしまって。終電で帰れない日々でしたし、私はこのままCMディレクターになりたいのかなって迷い始めて。一人でゼロから最後までできる写真にまた惹かれるようになっていました。そんな時、偶然パリ在住の友人が新しいルームメイトを探すと聞き、「私が住む!」とすぐに手を挙げました。他の人に取られないように家賃も何ヵ月分か振り込んで、制作会社を辞めて、「写真家 加治枝里子」の名刺を作って、パリに飛んだんです。

© ERIKO KAJI

単身パリへ
がむしゃら写真家修行

── すごい行動力ですね!

タイミングが良かったんですね。フランスに行くと同時に、フリーランスの写真家になりました。もちろん仕事なんてないので、掲示板とかで探して。自分で仕事を見つけていくっていうのが冒険みたいで面白かったんです。モデルに服を着せるとか、写真に関係ない仕事もやりましたけど、行く先々で「私はこんな写真を撮っているんです」と見せつづけたから、そこから新しい仕事に繋がったりもしていきました。

── 写真家である自分のことはずっとアピールし続けたんですね。

はい。好きな言葉は「その波にのる」です。その時々で、大小選ばずに、現れた波にのってきたから次のチャンスにも繋がったんだと思うんです。もちろん写真家としてやっていきたいという気持ちがぶれずにあったからこそだと思うんですが。

パリではギリギリの生活だったけど、仕事は多様で面白く、毎日刺激的でした。ただ、「加治枝里子」じゃなく「パリ在住の写真家」にくる仕事に物足りなさも感じるようになって。自分が撮りたい写真のために、日本で本腰を入れて活動しようと思って、帰国したんです。

北欧家具が並ぶ加治さんのご自宅にて

人生の厳しさから
一瞬でもトリップできるような写真を

── 加治さんの写真は、ちょっと不思議で神秘的な作品が多いです。いつもどんな写真を撮りたいと思っているんですか。

写真の世界に一瞬でもトリップして、入り込んでしまうような感覚を促す作品を撮りたいと思っています。辛いこととかやるせないこと、人生には厳しいことがいっぱいあるけど、写真を見る時間だけは、異次元にワープするような気持ちになってもらいたい。

例えば火山が爆発し、街を飲み尽くしてしまうほど恐ろしい溶岩が流れます。だけどその上にもまた、自然は綺麗なものを見せてくれる。溶岩の上に石が落ちて、それが太陽に光りキラキラしていると、宝石みたいだなって思う。それを救いだと思うし、拾い集めていきたいんです。日常に一瞬差す自然の光を納める、そういうことができるのが写真ですよね。同じ場所だとしても、一瞬しかない景色があるから、ずっと写真を続けているのかなって思うんです。

© ERIKO KAJI

── これからの具体的な目標はありますか?

“夜が来ない”というテーマで、白夜を撮りたいんです。深夜12時でも空は夕焼けくらいの薄暗さで、午前2時くらいにはもう空が白み始める。ずっと夜が来ないなんて、私たち日本人にはなじみがないでしょう。とても興味深くて。スウェーデンで知った白夜の面白さを、もっと見つめたいから、これからまた通って撮りためて、作品にまとめたいと思っています。

© ERIKO KAJI

文:菅原信子(euphoria factory)
写真:小林昂祐

プロフィール

加治枝里子

写真家

1981年生まれ、兵庫県出身。幼少期をニューヨーク州で過ごす。CM制作会社を経て、2006年、フランス・パリを拠点に独立。2010年より活動の場を東京に移し、旅の写真を多数発表。2011年には3カ月スウェーデンに滞在した。『TRANSIT』『Coyote』などをはじめ、雑誌、広告、書籍などで幅広く活動している。

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