HAGLÖFS JAPAN | ホグロフス ジャパン

NEWS > 東ネパール登山隊2016 マナスル初登頂から60年、ひょっとしたら日本人のヒマラヤ8000m峰 初登頂はカンチェンジュンガだったかも!

いにしえの若き登山家たちがめざした憧憬のヒマラヤ。ナンガマリと西面

Nangamari West side
焼杉の黒い外壁が美しい小さな集落を縫うように歩いていくと、鐘撞堂のある小さなお寺に行きつく。山門をくぐり、掃除のいきとどいた境内に入ると、塀の瓦には丸に「正」の文字。琵琶湖のほとり、滋賀県安曇川町にある浄土真宗本願寺派正福寺だ。
明治45年(1912年)、この寺に生まれた青木文教は弱冠26歳で、西本願寺の門主・大谷光瑞に抜擢され、ダライ・ラマ13世に御目見得、ネパールからヒマラヤ山脈を越えてチベットに入国する。チベットではダライ・ラマの厚遇を受けながらラサで約3年あまりの留学生活を行ない、チベットの言語、宗教、その他広く歴史、文化、習俗などの分野にわたり研究を続け、帰国してからも生涯にわたりチベットと深く関わることになる。

DSC_5617
DSC_5621
滋賀県安曇川町に静かにたたずむ正福寺と近くにある青木文教の記念碑

この青木文教が入蔵の際に越えたティプタ・ラ(ワランチュン峠)は、今回登山隊がめざすナンガマリⅠ峰(6547m)の南西、指呼の間にある。
「心往くばかり四辺を眺むれば、峨々たる氷嶺は碧空を裂破せるごとく、万古の玄氷は山谷を埋め尽くしている。その彩光燦爛たる美観は人界のものとも思われない。眼界一塵を止めず、また一草一木の影さえ見えない。極浄無比、寂光無礙、崇高の念おのずから湧いて世を忘れわれを忘れ絶対の法界に遊ぶの感がある」と、ティプタ・ラから見た東ネパールの山々の美しさについて、興奮と驚きをもって静かに語っている。


青山学院大学隊が登ったアウトライヤー(7035m)の頂上直下の肩から見たカンチェンジュンガ(写真=萩原浩司)

じつは、ナンガマリがある周辺の山域は、この青木文教をはじめ、日本人とヒマラヤを考えるうえでは、登山史上とても興味深い地域でもある。日本人のヒマラヤといえば、今年、初登頂から60年を迎えたマナスル(8163m)ではあるが、ひょっとしたら戦前に、日本が世界第3位の高峰カンチェンジュンガの初登頂を果たしていた可能性もあったのではないかと思わせる。というのも、その後、多くの日本人が、幾度となくこの山域に足を踏み入れ、虎視眈々とヒマラヤを狙っていたのだ。
1918年には、慶応義塾山岳部を興した鹿子木員信がインド側シッキムのタルン氷河からカンチェンジュンガを探り、1931年には、AACK(京都大学学士山岳会)が設立され、今西錦司らがカンチェンジュンガの西にあるカブルー(7338m)の登頂計画を立案するなど、明治末から戦前まで、多くの日本人登山家や探検家の憧憬の地とも言えるのが、今回のルートであり、この山域なのである。しかし、時代の雲行きがしだいに怪しくなるとともに、残念ながら日本はヒマラヤの舞台から遠ざかることになってしまう。

DSCF1409
ナンガマリ1峰 西面と右稜線は南稜

日本が再びこの地に戻ってきたのは1962年、ヌプチュー(6044m)の初登頂をめざしたAACKの中尾佐助率いる大阪府立大学隊だった。中尾は今西錦司の薫陶を受けていたことはもちろんのこと、学術的にも本地域に強い関心を示し、植生を背景とする日本文化との関連性を多く見いだした。そして、1963年秋には、大阪府立大学・東京都立大学合同隊がシャルプーⅠ峰(6433m)に初登頂した。そうして1973年、京都大学によるヤルンカン(8505m)、1984年の日本山岳会によるカンチェンジュンガ縦走、95年の日本山岳会青年部隊と続き、近年では青山学院大学隊によるアウトライヤー(7035m)初登頂、そして昨年秋には日本山岳会学生部登山隊によるジャネⅡ峰(6318m)と、再び日本の若い登山家たちが、憧憬のヒマラヤでもあったこの地で精力的な登山を展開している。
そして、日本のヒマラヤ登山の第一人者とも言える重廣恒夫が、今回長い時を経て、後進の若い人たちに歴史のバトンを渡し、未来を託すため、カンチェンジュンガ山群の未踏の山域をめざすというのはじつに興味深い。登山隊の出発は今月9日、いにしえの若き日本の登山家たちがこれまで夢見た地で、彼らはどんなヒマラヤを見ることになるのか、これからの登山隊の動向と現地からのレポートにますます目が離せない。
Kangchenjunga

Nangamari


日本山岳会関西支部東ネパール登山隊2016
East Nepal Expedition for KANSAI of Japanese Alpine Club2016

【スケジュール】

9月9日出発〜11月8日帰国(ポストモンスーン)

【隊員】

隊長: 重廣恒夫(68歳) 関西支部
登攀リーダー: 岩井賢助(26歳) 四国支部
食料: 加藤芳樹(49歳) 関西支部
装備: 黒田記代(63歳) 関西支部
輸送: 竹中雅幸(26歳) 関西支部
医療: 立野里織(39歳) 関西支部
会計: 長瀬美代子(38歳) 四国支部
食料: 松仲史朗(63歳) 関西支部
記録: 茂木完治(68歳) 関西支部
通信: 森本悠介(26歳) 京都大学山岳部