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NEWS > 東ネパール登山隊2016 East Nepal Expedition for Kansai of JAC 2016 ~重廣恒夫21年ぶりにヒマラヤ登山を指揮~

ヒマラヤ登山におけるアルピニズムの継承と未知への限りない情熱をホグロフスは応援します

先日8月3日、大阪梅田にて、日本山岳会関西支部東ネパール登山隊2016の壮行会が行なわれた。この登山隊は、2015 年(平成 27 年)に迎えた日本山岳会の創立 110 周年、そして関西支部設立 80 周年の記念事業のひとつとして計画されたもので、東ネパール北東部(カンチェンジュンガ山群)、チベットとの国境線近くにあるナンガマリⅡ峰(6209m)からナンガマリⅠ峰(6547m)への初縦走をめざしている。

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ナンゴー・ラから遠望するナンガマリⅠ峰(中央奥)・Ⅱ峰(左)

本登山隊の指揮を執るのは、日本を代表する登山家であり、アシックスアウトドアマイスター、ホグロフスフレンズの重廣恒夫氏。1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登山隊に参加。「より高い山を、より厳しいルートから、より難しい方法で登る」という、アルピニズムの哲学を長年にわたりヒマラヤで実践しながら幾多の高峰に足跡を残し、日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてきた。
「今回の登山は、これまで日本山岳会が行なってきた高峰登山の伝承を目的としています。「ヒマラヤ登山塾」と名付けて、高峰登山経験者とヒマラヤ登山が初めてという若手会員が登山・生活を共にし、そのノウハウを次世代に伝えていくという狙いがあります」

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今回の遠征隊のメンバー。左から5番目が重廣恒夫隊長。メンバー構成は60代から20代まとでバランスよく幅広い。

隊長を除き、隊員は総勢9名、いずれもヒマラヤの経験はほとんどない。重廣氏がヒマラヤに登山隊を率いて行くのは21年ぶり。その間、日本のヒマラヤ登山は、道具や技術の進化、そして情報の多様化により、既存の概念や特定の組織にとらわれることなく誰でもヒマラヤに行くことができる時代を迎えた。しかし、世界的に優れた登攀を対象にした国際的な賞を受賞したり、8000m峰14座を初めて完登したり、といった日本人トップクライマーによる活躍が伝えられるいっぽう、これまでヒマラヤへ数多くの人材を送り出し、優秀な登山家を輩出してきた大学や社会人の山岳会は衰退。組織的な登山隊はもとより、ヒマラヤに足を運ぶ登山者やトレッキングツアーなども確実に減少しているのが現実だ。

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77年のK2は、日本人として初登頂であり、世界第二登でもあった

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80年、チョモランマ北壁の登頂を終えBCへ下山。左から加藤保男、尾崎隆、重広恒夫、渡辺兵力隊長

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8人の若い登山家たちを登頂に導いた95年のマカルー東稜の指揮から21年が経った

ところが、エベレストだけを見てみると、70年の初登頂から95年まで、のべ47人しかいなかった日本人登頂者は、この21年間で166人と3倍以上に増えている。これは、日本に限ったことではなく、コマーシャルエクスペディション(商業公募登山隊)の普及によるところが多く、シーズンともなればエベレストは、世界からやってきた多くの登山者でルートは大渋滞となる。経済的にも体力的にも、一定の条件をクリアした一般の人が、優秀なガイドとシェルパに導かれ、より安全で確実なタクティクスで頂上に容易に到達できるようになったが、それは、これまでのヒマラヤ登山とは一線を画すものであろう。
また国内登山にしても、90年代以降の中高年による百名山ブーム、そして近年の山ガールに代表される富士登山ブームなど、これまでの体系的登山とは異なるガイドツアー的登山がマーケットの中核を担うようになると、登山のステップアップとともに必要とされた登攀具なども、以前にくらべて需要が少なくなった。
「今年は、日本によるマナスル初登頂から60年目を迎えます。また、今年から山の日が国民の休日になったことからも、もう一度、私たちがアルピニズムの原点に立ち返り、ヒマラヤ登山を通して、高みへのステップを踏み出すこと。それは若い世代の人たちに夢を与え、その実現体験が今後の登山技術の向上・登山活動の拡大に寄与し、さらにはそれが登山界全体の活性化にも繋がると思っています」
と、重廣隊長は、今回の計画の主旨と意義は、日本の登山業界全体の未来にも関わることだと説明する。
今回、登山隊がめざす山は、東ネパール北東部、世界第3位の高峰カンチェンジュンガ(8586m)を盟主とするカンチェンジュンガ山群にあるナンガマリⅡ峰(6209m)とナンガマリⅠ峰(6547m)。Ⅰ峰はスイス隊によって2014年に登られているが、Ⅱ峰は未踏のままだという。

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このたびの予定登山ルート。衛星写真や立体画像など20年前にはない情報ツールも駆使して計画を立案。

マナスルをめざした時代から半世紀以上が経ち、地球上から地理的空白部はなくなったと言われて久しいが、ヒマラヤにはまだまだ、人跡未踏のピークや誰も歩いたことのない美しい稜線は残されている。また、この数十年間の地球的気候変動により、氷河の後退や融解による地形の変化など、たとえ過去に人が、足を踏み入れたとしても、状況は当時と大きく変わっている可能性は高く、自らの足で現地に降り立ち、自らの目で見なければわからないことも多いだろう。実際に今回の計画でも、ベースキャンプに至るアプローチの氷河の通過がいちばんの不確定要素であり、この谷に足を踏み入れた記録はほとんどない。

「未知への探求(デジデリアム・インコグニチ)、これがいちばん大事なこと」

日本のヒマラヤ草創期に探検的登山の中心的な人物として、今西錦司や西堀栄三郎などとともに活躍、その後のマナスル登山にも尽力した梅棹忠夫は、登山や探検、そして自らの学問的なパイオニアワークの根源は、若いころからの未知への限りない情熱であり、登山がそれを教えてくれたと、後年語っている。
このたびの登山隊がめざすところは、単なる頂上ではない。それぞれが、限りない未知への情熱を持ち、アルピニズムという登山の本質と向き合い、団結してピークをめざすことで、何ものにも代えがたい経験と次世代へと継承できる財産を手に入れることだろう。そうして、それぞれが日本の次世代の登山の継承者として、これからも登山を続けてくれるよう、年齢や経験を超え、意欲を持った人たちすべての挑戦を心から応援したい。
ホグロフスでは、この登山隊の挑戦の模様をこれから何回かに分けて、出発からキャラバン、そして実際の登山活動まで、隊員たちのリアルな声とともに、ニュースとして定期的に現地からのリポートを掲載していく予定だ。
ぜひ、みなさまの応援をよろしくお願いします。


日本山岳会関西支部東ネパール登山隊2016
East Nepal Expedition for KANSAI of Japanese Alpine Club2016

【スケジュール】

9月9日出発〜11月8日帰国(ポストモンスーン)

【隊員】

隊長: 重廣恒夫(68歳) 関西支部
登攀リーダー: 岩井賢助(26歳) 四国支部
食料: 加藤芳樹(49歳) 関西支部
装備: 黒田記代(63歳) 関西支部
輸送: 竹中雅幸(26歳) 関西支部
医療: 立野里織(39歳) 関西支部
会計: 長瀬美代子(38歳) 四国支部
食料: 松仲史朗(63歳) 関西支部
記録: 茂木完治(68歳) 関西支部
通信: 森本悠介(26歳) 京都大学山岳部

【ネパール全図】

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