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重廣 恒夫 / Tsuneo Shigehiro

登山家

日本を代表する登山家であり、アシックスアウトドアマイスターとして活動。
1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登山隊に参加。
「より高い山を、より厳しいルートから、より難しい方法で登る」という、アルピニズムの哲学を長年にわたりヒマラヤで実践しながら幾多の高峰に足跡を残し、
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてきた。

1947年、山口県生まれ。岡山理科大学卒業後、1971年、オニツカ(現アシックス)入社。
1973年、エベレスト南西壁の世界最高点(当時)へ到達、
1977年、K2第二登、1980年、北壁からチョモランマに登頂。
1988年チョモランマ交差縦走(日本・中国・ネパール三国友好登山隊)では、登攀隊長として、世界初の交差縦走を成功に導く。
1992年には当時未踏の最高峰であったナムチャバルワの初登頂を指揮。
1996年、日本百名山を123日で連続踏破した。著書に「エベレストから百名山へ」(光文社新書)などがある。

重廣 恒夫
登山家・重廣恒夫のヒマラヤアーカイブズ Vol.8 ~幸運の山②~
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてき登山家 重廣恒夫氏。 1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登
重廣 恒夫
登山家・重廣恒夫のヒマラヤアーカイブズVol.7 ~幸運の山①~
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてき登山家 重廣恒夫氏。 1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登
重廣 恒夫
登山家・重廣恒夫のヒマラヤアーカイブズVol.6 ~ヒマラヤの空を舞うハンググライダー~
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてき登山家 重廣恒夫氏。 1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登
重廣 恒夫
登山家・重廣恒夫のヒマラヤアーカイブズ Vol.5 ~生還~
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてき登山家 重廣恒夫氏。 1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登
重廣 恒夫
登山家・重廣恒夫のヒマラヤアーカイブズ Vol.4 ~2度登った頂~
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてき登山家 重廣恒夫氏。 1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登
重廣 恒夫
登山家・重廣恒夫のヒマラヤアーカイブズ Vol.3 ~表紙を飾った写真~
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてき登山家 重廣恒夫氏。 1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登
重廣 恒夫
登山家・重廣恒夫のヒマラヤアーカイブズ Vol.2 ~世界一美しい双耳峰~
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてき登山家 重廣恒夫氏。 1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登
重廣 恒夫
登山家・重廣恒夫のヒマラヤアーカイブズ Vol.1 ~寒さで切れたフィルム~
日本のヒマラヤ登山の発展に多大なる貢献をしてき登山家 重廣恒夫氏。 1973年のエベレスト南壁から、1995年のマカルー東稜まで22年間、14回ものヒマラヤ登

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